何がそうさせたのか〜秋葉原事件のこと〜
中島 岳志 著 「秋葉原事件 加藤智大の軌跡」 を読んだ。
ちょうど三年前の6月8日に史上最悪の無差別殺人事件が起きた。
歩行者天国にトラックで突っ込んではねたあと、ナイフで切りつけた。17人の被害者のうち7人が死亡した。
事件の1時間前に私はこの現場を通っている。帰りはすでに何台もの救急車と消防車が止まっていた。
事件を知ったのは家に帰ったあとだった。
無縁社会の生んだ悲劇、格差社会が引き起こした事件、お決まりのゲームやアニメの影響、いろんな言葉で事件が定義された。
しかし、単純にわからない。納得いかない。いくわけない。
なんでこんなことするのか。
忘れようにも忘れられない事件である。
当然死刑が求刑された加藤智大被告。
彼が生まれて、どのような環境で育ったか、事件を起こすまでを関係者の取材や傍聴記録から綴ったのがこの本なのである。
まず注目すべきは母親の過剰な教育としつけである。徹底管理の子育てでなるほど異常ともいうべきものだったようだ。
この過程で被告は自分の意思を言葉で伝えることが苦手になる。つまり行動で間接的に伝えることしかできなくなる。
そして肥大していくのが容姿のコンプレックス。
掲示板に自分のコンプレックスを自虐的にネタにしていた彼は、そこに自分の居場所を見つけた。
彼女ができないというその絶望感が人生そのものの否定につながっていったようだ。
この掲示板という空間が彼にとって本音が言える場所だった。
そこしかなかったというとそうではない。
彼には友達も頼りになる先輩もいたのだ。決して無縁ではなかったのである。
だが彼らとのつながりを自ら絶ってしまう。そして掲示板に依存する。
本来いるべき場所が逆転してしまったのである。
そしてその掲示板で彼は誰からも相手をされなくなる。
ネット上のアイデンティティを失ってしまう。
そしてあの事件へと向かってしまうのだ。
悩みを吐露する相手も、泣き顔を見せられる相手もいたのだ。
それでも彼はその大事な人たちから離れてしまったのだ。
読み終えても納得などいかないし、わからないままだ。
だが、じわじわと広がっている危機を感じる。
震災や不景気による暗い未来が見え隠れする現実。
個人のリテラシーの限界を超える情報があふれるネット。
そのはざまで自分の居場所をみんな探している。
承認欲求と現実逃避に近い自由との間で揺れている。
何の関係もない人を殺す衝動。
その衝動は何に対する憎しみから生まれたんだろう。
どうしてこんなことになったのだろう。
この事件のように滅茶苦茶にしたい破壊願望を己の中に見た人も多いのではないだろうか。
もちろん、想像するのと、実際に行動するのとは全く違う次元の話だ。
だが、これは他人ごとでは決してない。
今、この時代にこの事件は起こったのだ。
その時代に私たちも生きている。
自分の居場所はありますか?
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