時代と勝負〜「ドーン」のこと

平野啓一郎 著 「ドーン」 を読んだ。

骨太な小説が読みたいと思い、選んだのが平野啓一郎
日蝕」でデビューし三島の再来と言われたが、難解すぎる文章で、「気取っていやがる」と忌避していた。
最近、伝えることに目覚めたらしく、評価も高まっているので読んでみたわけである。


500ページ近い書き下ろし作品。
結局読むのに一ヶ月近くかかった。。。。
なのでレビューも長めに書こう。悔しいから。


近未来のアメリカを舞台に、大統領選と有人火星探査機ドーンでの出来事を軸に、
存在の本質、戦争の意味、コミュニケーションの本質、正義の居場所、メディア論、
現実と仮想現実と拡張現実の関係、家族の在り方。。。
とにかく様々な問題提起が盛り込まれているのだ。
この手腕はすごい。
冷静な文章なのだが、著者の熱さが伝わってきた。


分人主義(ディビジュアリズム)という思想がこの本では重要になってくる。
これは人間はTPOに合わせて自分自身を使い分けるという考え方で、
作品中では実際に顔も変えられる技術が発達していて、さらにその顔を検索するシステムも導入されている。


具体的に言えば、家族との自分、仕事の自分、恋人との自分、ネット上の自分。
誰もが無意識にあるいは意識的に使い分けているものだ。
それがアイデンティティの危機とも言えるが、
救いでもある。
ある状況での自分が嫌いでも、他に好きな自分がいれば救われるからだ。


かく言う私も、このネット上の私と現実の僕とを使い分けている。
私の場合は、この私というパーソナリティが僕を補完しているという関係になっている。
ややこしいが、何となく解ってもらえると思う。


複雑化した現代社会においては、そうやって自分を使い分けなければ生きてはいけないだろう。
全ての自分を誰かにさらけ出すことは怖いことかもしれない。
それが良いことかどうかもわからない。


この作品は何かの解決になるようなものではない。
だが、何かを突きつけられる。
そしてこの感覚はたぶん小説でしかできないことであり、
この作家は小説というメディアの可能性に賭けている感じがした。


時代に真っ向勝負を挑んだこの作品、是非読んでみてもらいたい。
ただし、覚悟は必要である。

ドーン (100周年書き下ろし)

ドーン (100周年書き下ろし)